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日馬をつなぐビジネスマガジン

~アセアン生活者がファンダムに熱狂する理由からマーケティングのヒントを探る~

(11月22日開催流通サービス部会講演会)

伊藤 祐子 氏
博報堂生活総合研究所アセアン
Managing Director

博報堂生活総合研究所アセアン(以下HILL ASEAN)は、博報堂のフィロソフィーである「生活者発想」を具現化する組織「博報堂生活総研」のアセアン版であり、アセアン生活者研究に特化したシンクタンクとして2014年に設立されました。研究員がアセアン各国から揃っており、様々な視点から生活者の視点で調査を行っています。

本日は、アセアンのファンダムについてお話ししたいと思います。ファンダムとは特定の人やモノコトのファンで構成されている共同体、そこに集いながら繋がりを持つ人々を指します。
最近では、コロナ禍を経て、何かに好きなことに熱狂しながら仲間と繋がりたいというアセアン生活者が非常に増えており、そのファンダムのポジティブな熱量をどうやったらマーケティングに活かせるか調査を行いました。

例えば、コロナ禍の中で筋トレやマラソンにはまった方も多いのではないかと思いますが、一人で黙々と取り組むのが「ファン」であるとすると、トレーニングの様子をSNSに投稿しながら筋トレ仲間と繋がりお勧めのプロテインを紹介し合うといった、仲間と共に新しいコミュニティや価値を作っているのが「ファンダム」であると言えます。

今回は、ペット、料理、アーティスト、バイクツーリングなど、アニメ、アイドルなどのコンテンツ以外にも多様なアセアンのファンダムの方々にインタビューを行いました。最近アセアンでは料理のファンダムが増えています。外食文化であるアセアンでもコロナ禍で自炊を迫られ、「やらなければいけないなら楽しもう」という生活者の前向きな姿勢が見られます。

HILL ASEANが実施した定量調査では、アセアンにおいて「ファンダムが自分の人生に良い影響を与えてくれた」と回答した方は約9割存在します。ファンダムは大きな情熱を持っており、生活様式に大きな影響を与えるものと考えられます。アセアンと日本の違いとして、「ファンダムを通じて帰属意識が得られる」と回答した率が日本においては14%でしたが、アセアンにおいては49%という結果であり、「新しいことが学べる」と回答した率が日本においては20%でしたが、アセアンにおいては55%という結果でした。

日本と比べてアセアンのファンダムを愉しむ生活者は「仲間と楽しむ」、「自分を拡張する」ことに重きを置いていることが特徴とも言えます。

コロナ禍でアセアン生活者が最も熱中しているファンダムトップ3は、K-POP、ゲーム、料理という調査結果でした。コロナ禍でおうち時間が増え、SNSに常時接続できる環境となった「繋がりやすさ」「ハマりやすさ」自分で作れるコンテンツをアップロードできる機会が増えたことを背景に「普及のし易さ」がファンダムが増えた理由と考えています。

実際にファンダムを愉しむ生活者にインタビューを行いましたので、ここからは彼らの特徴についてご紹介します。まずはファンダムにハマったきっかけから見てまいります。アセアンにおいては「人との繋がりがほしい」という意見が日本よりも非常に多い結果となりました。アセアンでは人との繋がり、つまりコミュニティや家族を特に大事にしており他者とのつながりを求め自分の好きを発信するOutwardの傾向が顕著であるのに対し、日本は自己の興味を深め内面を充実させるInwardの傾向が顕著です。これはアセアンでマーケティング活動を行ううえで重要な発見です。

次にファンダムの方々が求めているベネフィットについてお話しします。ベトナムのK-POPのファンダムの例では「彼らを見ていると幸せな気分になり、元気が出てきます。ストレスから解放され、気分が良くなり、ポジティブなエネルギーが湧いてきます」とコメントしており、忙しい日々のなかときめきを探していることが分かります。

続いてマレーシアのファンダム生活者は、「活動を通じて自分の明るくておしゃべりな一面を発見しました」とコメントしており、もともと引っ込み思案であった彼女はひょんなことから好きなアーティストのファンクラブの運営に関わり新しい自分を発見できたというベネフィットを得ています。

ベトナムの方の猫のファンダムの例では、「病気になった猫のために料理を習い始めました。猫についてもっと勉強して、愛猫を看病するための知識を身に付ける必要がありました」とコメントしており、病気になった自分の猫のペットフードを作り始めたことがきっかけで好きが高じてペットフードを販売するビジネスを始めたそうです。

タイのツーリングファンダムの例では、家族でもご近所さんでもない親密な繋がりをベネフィットとして感じているそうです。「ある日、私が大きな困難に見舞われても必ずファンダムの仲間の誰かがきっと助けに来てくれると思います」とコメントしており、厚い信頼関係を築くことができたようです。

最後のベネフィットとして、「童心に帰る」ということが挙げられます。インドネシアのアニメ・ボードゲームのファンダムは「自分にとって一番幸せだった時期が思い出されます」とコメントしました。彼は好きが高じてインドネシアでナンバーワンのボードゲームのフェイスブックグループを作っているそうで、日本の特撮も大好きだそうです。

まとめますと、人間関係や毎日を充足させて日々明るく過ごしたい、人と繋がりたい、寂しさを埋めたいという欲求をきっかけにのめり込む、自分の進化・拡張として新たな学び・刺激や頼りになる仲間を得ていることが分かります。

アセアンファンダムコミュニティの構成と役割についてお話しします。宝塚やジャニーズなどの日本のファンクラブに見られる一定のヒエラルキーとは異なる構造であることが分かりました。ファンダム生活者に自分たちが所属しているコミュニティの概念図を描いていただくと、熱中しているファンダムのトピックを中心に様々な役割を持った生活者が同心円状に存在するサークルの形をしていることが分かりました。偉いという概念ではなく仲間の一人としてリーダーが存在し、その外側にファンメイドのコンテンツを作ってファンを増やすクリエイターがいます。また、オーガナイザーはファンダム内で仲間と楽しむイベントを企画したり、社会貢献活動にも積極的なので募金活動を取り仕切ることも特徴的です。アンチへのコメントに対応したり初心者に情報を教えてくれる、ファンダムの平和を保つガーディアンという役割の方々もいます。

このように様々な役割を持った生活者がファンダムコミュニティを構成しているのですが、彼らは揃ってこのコミュニティのことを「理想の共同体」だと言います。誰もが対等で尊重し合えるユートピアとして存在しているのです。

アセアンではヒエラルキーを超えることが比較的難しい社会の中で、「ユートピアの中だけでは平等でいたい」という気持ちがファンダムコミュニティを支えています。

また、コミュニティ内の楽しみ方として、消費するよりも「みんなで作って楽しみたい」というコメントも多く聞かれ、創作を仲間と楽しむことは日本よりも積極的です。さらに拠り所として損得なしに支え合う「第二の家族、ピュアな共助関係」を求めることも特徴的です。メンバーが病気になると全員でドネーションするなど仲間を大事にする傾向が強いと言えます。最後に、ファンダムコミュニティは多くの仲間と共に、世の中に変化を起こす醍醐味を味わうという「数の力」を活かす場でもあります。これは民意が反映されにくい社会で生きている生活者にとって、ファンダムコミュニティは「みんなの力で物事が動かせる楽しさ」を味わえる場でもあります。

全体をまとめますと、ファンダムのきっかけは人間関係構築、そしてベネフィットは自己の進化・拡張、アクションは仲間の交流が活力であるといえます。またコミュニティの特徴としては平等性、創造力、第二の家族、数の力があると言えます。アセアンファンダムは生活者にとって「私とみんなと楽しむ、成長する幸せな世界」と定義できることに対し、日本フアンダムは「私とファンダムだけの楽しい世界」であると定義でき、大きな違いがあります。

ファンダムは実は現実社会の裏返しであることが非常に多く、「大事な願いを叶える場」でもあります。誰かから大切にされていると思いたい、さらに何かを慈しむ幸せを感じたい、悩みを解決したいという“思い”が込められているのです。アセアン生活者がファンダムで満たしたい欲求=現実社会で満たされない思いについて、マーケティングにおいて受け止めることが非常に重要です。

ファンダムに込められている生活者の思いは非常に強いとも考えます。ファンダムは「アセアン生活者にとって経済圏・生存圏を有するユートピア」です。ファンダムでは年齢も性別も国籍も社会クラスも関係がありません。自分の努力だけでは乗り越えられない様々な障壁があるアセアン社会において、「好き」というピュアな気持ちで世界中の仲間と繋がれて、才能を開花できる理想の居場所は他にないとも言えます。

これまでお話ししたようにアセアンのファンダムには「好き」の強いモチベーションやエネルギーがあるだけではなく、現実社会で満たしきれない願いや欲求が存在します。彼らのパワーを自社のブランドの充実に活用することは非常に有用です。ではどのようにマーケティング活動につなげていくのが良いのでしょうか?

HILL ASEANの定量調査では83%のアセアンファンダム生活者がブランドのファンダムに属していると回答しています。つまり何かしらみなさんに熱狂的に応援したいブランドがあるということです。
アセアンファンダム生活者をブランドのファンにするためには、もちろん高品質な製品やサービス・高いデザイン性を維持し続け、常に改良していく必要があります。常に高みを目指していく姿勢と成果を伝え続けることが大事です。エモーショナルな価値・アクションを続けることも大事ですし、そのブランドに合った貢献のスタイルを見極め社会の役に立ち続けることも当たり前かもしれませんが重要です。生活者のアイディアを積極的に取り入れるファンコミュニティ運営に飛び込んでいくのも有効です。また企業側も品質の高い商品に対してどのような価値を感じて欲しいか考える努力が必要だと思います。SNSを活用しファンコミュニティの意見を製品やパッケージに反映しファンをヒーローにするといった共創関係が構築できている欧州や日本のブランドの例もあります。共感を高めるためにファンのライフスタイルを含めて取り上げ、ブランドの理想のユーザーとしてヒーローを作っている例もあります。

ファンダムを取り入れるには、自分もブランドづくりに参画できる環境や自分の好きなものを肯定・応援してくれる環境を作り、共感や共鳴するビジョンを持つことが重要です。また、自分の意見を取り入れてくれてる、理想の自分のような人々が集まっているコミュニティを作ることが肝心です。ファンダムを育てていくためには会社の中で一人が考え、設計していくにも限界があります。私たちHILL ASEANには様々なツールや情報を持っておりますので是非HILL ASEAN、博報堂マレーシアにお声がけください。

皆さんも何かしらのファンダムに属していると思います。その気持ちを是非、自社のファンダムを取り込む活動に活かしていただけたら幸いです。